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AGC株式会社
代表取締役社長執行役員CEO 平井良典

物理工学科で学んだ先を予見する論理的思考

物理工学科は講義や学科内説明会、充実した同窓会活動などを通して在学中から卒業後までOBと接する機会は多く、そのネットワークは地球規模ではりめぐらされています。
今回は物理工学科OBである「AGC株式会社」代表取締役社長執行役員CEOの平井良典様よりメッセージを頂きました。

2022年3月28日更新
写真:AGC株式会社 代表取締役社長執行役員CEO 平井良典様

日本では博士号を持つ企業経営者は極めて少ない。欧米では博士号を持つ多くの企業経営者が活躍しており産学での人財の交流も盛んである。企業経営者としてバブル崩壊後の「失われた30年」を考察し日本の産業競争力を高めることは重要な責務と考え取り組んできているが、産学連携とベンチャー企業育成の弱さがその主因であると考えている。私としては物理工学科で学んだ基礎物理学は企業経営理論と実践にも有効に活用できると感じている。そのような視点で私の履歴を振り返ってみたい。

高校時代、私は物理学者と実業家の両方に興味を持ち進路に悩んだ。高校二年の時、物理学者を目指すと決め理科一類、物理工学科、そして大学院へと進んだ。大学院時代は勉強も遊びも充実した期間であったが、その間に自然科学だけでない多くの本を読み、博士課程の二年目になり自分の進路を再考した。そして、本当に自分のやりたいのは自然科学の知見を活かしビジネスをやることであるという結論に至った。当時は多くの同窓生は電気、自動車等の企業に行っていたが、私は素材が面白そうだと考え最終的に旭硝子(現AGC)へ就職することとした。

ビジネス部門を希望したものの会社も配置に困ったようで最初の配属は中央研究所であった。そこで私は目標を新事業の創出と決めた。30歳を過ぎて、米国シリコンバレーのベンチャー企業との共同開発・事業化という機会を得て多くを学びそれが私の実業家の基礎となったと思う。その事業は失敗に終わったが多くの学びを得て次のチャレンジに進んだ。40歳の時、自分の開発した製品の事業化を自らやると決めて事業子会社に異動した。なお、その研究開発は物理学で用いる数学がベースとなっており基礎が有効に活用できると知った。

事業子会社で新事業を起こし、年商数百億の事業責任者となり、最後には副社長として企業経営に携わった。10年の子会社経験を経てAGC本社に戻った私には次なるミッションが与えられた。それは、「次を創れ」というものであった。当時のAGCでは収益源であった事業が成熟期を迎えつつあり新しい事業の柱が必要であった。私はAGC全社での新事業創出の責任者となり多くの新規事業を生み出すとともにCTO(最高技術責任者)として研究開発の責任者にもなった。チャレンジした新事業は成功も失敗も多くあったが、現在では年間売上2500億円、営業利益550億円にまで育ち拡大を続けている。老舗の企業が既存事業を運営しながら新規事業を起こし事業ポートフォリオを転換していくのは難しく多くの企業が苦しんでいるが、AGCは既存事業と新規事業を両立させる「両利きの経営」を実践している企業としてスタンフォード大学のオライリー教授に認められ、スタンフォード大とハーバード大のビジネススクールの教材にも取り上げられている。

私は昨年2021年に社長執行役員CEO(最高経営責任者)に就任した。創業1907年のAGCの19代目社長であるが初の博士号を持つ社長となった。今思えば、様々なところで物理工学科で学んだ知見が活きていると感じる。直接的に物理学を活かせたのは40歳までの研究開発の実践においてであり、国際学会で毎年発表し論文も出し、教科書の出版にも関与した。しかし、その後の企業経営において本当の意味で物理工学科での経験が役に立ったと感じている。企業経営においては既知の部分から未知の部分を予測し論理的に判断することが求められる。その思考体系はまさに7年間の物理工学科での学びの中で身についたものと思っている。現状を分析し未知なる課題を設定しそれを克服するルートを開拓することは企業における戦略構築そのものである。経営のみならず研究開発や新規事業創出においても同じ思考体系が有効である。2016年にAGCはバイオ医薬のCDMO(開発製造受託)事業を戦略事業とすることを決定し欧米のバイオベンチャー企業2社を買収した。医薬業界では、合成医薬からバイオ医薬への移行が進み、新薬開発の難易度が高くなるとともに製造技術も高度化する中で水平分業が進むと判断した結果である。すでに分業が進みつつあった半導体産業も参考にして技術とビジネス動向を論理的に分析し判断した。この事業は5年間で売上1000億近くにまで急拡大し、物理工学科で学んだ先を予見する論理的思考が役立ったものと感謝している。私は、物理工学科での学びはいかなる分野においても役に立つものと確信している。若い人たちには物理工学科で学びその知見を活かし多彩な分野で活躍されることを期待している。

PROFILE

写真:AGC株式会社 代表取締役社長執行役員CEO 平井良典
AGC株式会社
代表取締役社長執行役員CEO
平井良典
1982年物理工学科卒業、
1987年大学院博士課程修了 博士(工学)
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